広報ひゅうが平成22(2010)年1月号

富高地区「西草場の横穴墓」


富高地区「西草場の横穴墓」


 西草場公民館の近くには、2基の県指定古墳があります。
 これらの古墳は、横穴墓と呼ばれるタイプのもので、8世紀ごろにつくられたものと考えられています。また以前、人骨や鉄器が出土したとも伝えられています。
 横穴墓は、山や丘陵の斜面に高さ1M、幅1ほどの横穴(羨道(せんどう))を堀り、げんしつその奥に畳3枚ほどの広さの玄室を設けて、中に遺体や副葬品を入れます。羨道の入口には板や石でふたをしているものが多いようです。
 普通の円墳や前方後円墳は、一人の豪族を葬るためにつくられた古墳です。したがって一基の古墳には一人しか葬られていません。これに対して横穴墓は家族で利用する古墳と考えられていて、死者が出るたびに入口のふたを開けて、つぎつぎに遺体を入れることができるようになっています。
 横穴墓は、宮崎市や西都市などの県央部に数多く残っています。ところが県北では、高千穂町と門川町、そして日向市でしか見ることができません。最大の理由は、県央部の山地が粘土やシルト岩と呼ばれる軟らかい地層からできているためですが、日向市の山や丘陵は厚い岩の層からできています。
 ただ富高地区の岩は、細島や塩見川の南部に見られる柱状岩よりも加工しやすい性質をもっていますので、古代人もそのことを知っていて、西草場に横穴墓を掘ったものと思われます。
 西草場に残されている横穴墓は羨道と玄室の一部が壊れていますが、中に入ると今でも穴を掘るときに使ったクワの跡がはっきり残っています。きっと古代人も苦労して横穴を掘ったのでしょうね。

※現在、横穴墓周辺は落石などの危険があるため、立ち入りが禁止されています。


日向市文化財でも紹介しています。ご覧ください。

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