広報ひゅうが平成22(2010)年10月号

寺迫の「向原中尾遺跡」


寺迫の「向原中尾遺跡」


 文化財保護法では、高速道路などの建設予定地に遺跡がある場合、工事前に発掘調査をして記録を残すよう定められていて、これまで市内では富高の板平遺跡や塩見城遺跡などが調査されてきました。
 現在(平成22年度)、平岩の岡遺跡と寺迫の向原中尾遺跡でも調査が進められていて、旧石器時代や縄文時代の遺物が出土しています。特に中尾集会所の東下にある向原中尾遺跡は有望な旧石器時代の遺跡で、約2万6千年前に降り積もった「姶良(あいら)・丹沢(たんざわ)火山灰層」よりもさらに下の粘土層の中から、蒸し焼き調理をした場所とみられる「礫群(れきぐん)」や料理に使われたナイフ形石器、また槍の先に装着したとみられる尖頭器(せんとうき)など多数の石器が出土しています。
 県内では、「姶良・丹沢火山灰層」よりも古い時代の土層から石器が見つかることは非常に珍しく、もしかすると向原中尾遺跡は大分県を含む東九州でもかなり古い時代の遺跡ではないかと考えられています。
 またこの上の土層でも、少しだけ新しい時期の旧石器や縄文時代の土器や石器が出土しており、落し穴と見られる遺構も発見されています。もっとも当時の人びとが暮らした住居跡は今のところ発見されていませんので、もしかすると向原中尾遺跡は、2万年を超す大昔から縄文時代にかけて利用された狩場の跡だったのかもしれません。
 一方、これらの遺跡の東方に位置する美々津百町原地区遺跡や向原第三遺跡群も旧石器時代の遺跡として知られています。
 今後、さらに調査が進めば本市を始めとする地域の歴史を知るうえで、重要な手がかりが見つかる可能性があります。今後の調査成果に期待しましょう。

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